あなたは部下を育てる時に何を大切にしてるでしょうか?
叱るとか褒めるとか、いわゆるそういうことだと思いますよね。
正直僕もずっと勘違いしていた部分があるんですね。
では、本質とは何なんでしょうか。
実は子育てに共通するものがあるんですね。
それらについて見ていきましょうか。
あなたはこの記事を読み終わる頃には部下の育て方や周りへの対応一番大事なこと、また子育てにおいても大きな自信を持つことができるようになるはずです。
先にも述べました通り
「叱る・褒める」といういわゆる二択の選択がよくビジネスシーンなんかで見られるものです。
でもそれが本質なんでしょうか。
例えば、普段は口も聞かない上司から「お前はよくやったなぁ」と言われたとしましょう。
褒められたとします。
あなたは嬉しいでしょうか?
多分、それほど喜ばないんですね。
なぜでしょうか?
普段、自分のことを見てもないくせに、急に褒めてきて。
何か裏があるんじゃないだろうか、と思うはずです。
逆にいつもは無関心なくせに、急に上司ヅラして、怒り出す上司もいますね。
「お前は何やってるんだ」と。
ゆとり世代じゃなくても、そんなこと言われたら、逆ギレしそうになりますね。
(お前に言われたきゃねーよ)と。
知った口聞くな、と。
現場の何を知ってるんだ、と。
そうですよね。
ここで大切なことは何なんでしょうか。
実は土台があるんですね、その褒めるにしても、叱るにしても。
承認欲求とよく聞かれますが、あなたは部下を承認していますか?
実はこの承認というのは一筋縄ではいかが行きません。
あなたはそこに居ますよ
あなたの存在がちゃんと役に立っているよ
褒めるとは違います。
お前のことをずっと見ているよと言う感じです。
挨拶でもそう、とにかく無視をしない。
当たり前のように思わない
存在を認めることですね。
この承認についてですか、「バケツ」でよく例えられます。
承認というか愛というかそういうものを注ぎ続けるんですね
例えば、入社した部下が承認のレベルが「10%」だとしますね。
あなたが頑張ってその承認を「50%」にあげたとします。
部下は変わるでしょうか。
実は変わりません。
なぜでしょう?
その人のバケツは溢れなきゃ意味がないんです。
意味がないと言うと変ですが、行動や態度・人柄そういう表だって変化が起こらないっていう意味です。
内部の潜在的には変わってるんですよ。
だけども、本当の意味で変わるという意味では、何も変わらないんです。
なので、その承認欲求のバケツを「100%」以上にすること。
これをまず知ってください。
これを知らないと
「俺はこんなに、部下のことを認めてやって、毎日気にかけてやってるのに何も変わらないじゃないか(怒)あのクソ野郎」
という結果が待っています。
「この恩知らず」と。
人間なので、簡単には変わりません。
ここで言うところの変わるっていうのは、もう人生観がそもそも変わるっていうレベルです。
人間が変わるんです、もう違う人間になるっていうレベルぐらいに変わるんです。
それでそのバケツは別に上司が一人でその部下に注ぎ続けるっていうものではなくて、本当に手酌で小さなものでちょっとずつちょっとずつ注げようなイメージです。
そのバケツなんですが、実は穴が開いてる子もいます。
穴が開いてるんなら塞ぎうさぎようがないじゃないかって思うじゃないですか。
いや、僕も正直そこは信じられてないんですけども。
ふさげます。非常に苦労しますが。
まず原因から。
穴が開いた原因は、その子の両親にあります、簡単に言うと。
DVに近いですが、その子の両親に愛されてなかったというそれ一点に尽きます。
劣等感だとかコンプレックスだとか色々ありますが。
「私は生きてる意味がない」とかそういうイメージです。
僕もそうです。
僕は自分のバケツに穴が開いてました、ずっとです。
今、32歳ですが、正直まだそのコンプレックスの穴は塞げてないかもしれません。
今だに童貞で彼女いない歴=年齢だったりのすごいコンプレックスがあります。
自己卑下もひどい。
バケツは満たせてないかもしれません。
そういうコンプレックスによって陰気な感じで、人は変わるのに相当な時間が変わります。
もちろん、コストパフォーマンスを考えればそういう部下は捨てるという選択肢もあるかもしれません。
あなたはそれで満足しますか?
もちろん、この日本という世知辛い世の中、資本主義というクソみたいな世の中で、そこまで部下を大切にできる会社は少ないでしょう。
損保ジャパンが4000人近くを簡単に解雇同様の処分にしましたね。
ただ、もしもその部下を変えることができたら、あなたの人生観もきっと大いに変わるに違いないです。
自信に満ち溢れるでしょう。
生きてて良かったと思えるでしょう。
それぐらい変わるのです。
バケツを満たす際に注ぐ愛情というのは尽きません。
アンパンマンの愛情と同じです。
注いでも注いでも、そこからどんどん溢れてくる。
そういうものです。
消費しないんですよ、愛情っていうのは。
本当の愛情ならば、です。
もしも消費してるのならば、疲れたと思うのならば、きっとそれは愛情じゃなくて、打算に過ぎない。
もちろん仕事です。
何らかの成果を期待するのは当然ですが、あんまりにもそれが短期目線すぎると、それでは何も変わりません。
ところで最初にも言いましたが、これは子育てにも通じるものがあります。
というか元々、子育てに対しての概念でもあります。
あなたは全くの他人をもってして、自分の子育てに通ずる概念・経験値を得ることができるんです。
言っちゃ悪いですけども、自分の子育ての練習ができるという意味ですね。
自分の部下で失敗できるんです。先に。
自分の子供は二度と後戻りはできません。
片道切符です。
子供はおよそ十二歳まででほとんどの人生が決まります。
そのバケツを十二歳までに満たすことができれば、その子の人生はもはや確定されたようなものです。
他人にけなされようが、脅されようが。
そのバケツをぶっ壊そうとするヤツやつが出てくるかもしれません。
ですが、もはやそのバケツは完璧なまでに柔軟で且つ強く、破壊することはできません。
完璧な子供を(完璧という表現も変ですが)私の子供はもう大丈夫と、底なしの自信でその子供を信じれるようになるんです。
それが本当の子育てです。
最初に言ったように褒めればいいとか、ただ叱ればいいとかそういう次元じゃないです。
その子の本質を見てあげてください。
俺は、私はずっと君を見守っているよ。
それです。
今回は部下のコミュニケーションについて話してきました。
実はこの愛情表現・承認についてですか、上司に対しても使えます。
もっと言えば、社長に対しても言えるんです。
あなたが親だとすれば子供にこんなことを言われれば、どう思うでしょうか?
「パパ・ママ。僕を産んでくれてありがとう」
どうでしょうか。
涙が出て仕方がないですよね…
いいですか。
上司の方がちょろいです(笑)
もっと言うと社長なんて孤独の仕事です。
言ってあげてください。
想像以上に簡単に篭絡できます笑